千葉県知事
初代千葉県知事(県令)は、廃藩置県時(明治6年)に任命された柴原和です。播磨藩出身の柴原が佐幕派であった自藩を恭順させた功績が評価されて、旧天領・旗本領の管理を任されていました。
上総国・安房国の管理を任されていた柴山典が官職を解かれると、柴原がその後任となります。
廃藩置県後、旧上総・安房国が木更津県に統合されると、柴原が県令となり、明治6年には印旛県令を兼務するようになります。
そして、印旛・木更津の合併によって千葉県ができると、柴原が初代県令となったのです。
以後、任命制の県令が続き、1947年就任の第35代目(華族・広橋真光伯爵)を最後に、地方自治法の施行によって知事公選制へと移行します。
初の民選知事となったのが、昭和22年4月就任の川口為之助でした。
川口為之助は、1902年に県立千葉中学校を卒業した後、陸軍野戦砲兵連隊の一員として日露戦争に参加し、1915年に立憲政友会から千葉県会議員に出馬し、4期16年間を務めます。
1940年に立憲政友会が解散し、大政翼賛会が成立すると県議を退き、戦後、政治活動を再開するのです。
1947年、初の県知事公選に自由党から出馬し、決選投票の末、勝利しました。
農地改革や下総台地の開拓などで自作農12万戸を創設し、食糧事情の改善を果たしました。
そして1950年、千葉市への川崎製鉄進出を見届けると、任期(半年)を残して辞任し、1953年の第3回参議院議員通常選挙に自由党から出馬します。
保守合同で自由民主党が成立すると県連会長となり、千葉日報の社長なども務めました。
管理人のコメント
千葉県庁前に川口為之助の銅像が立てられていますね。
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投稿日 2018/〇/〇
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