鉄道連隊
「鉄道連隊」とは、戦地における鉄道の建設・修理・運転や敵の鉄道の破壊に従事する連隊で、日清戦争後の1896年、鉄道大隊として東京・牛込の陸軍士官学校内に創設されたのが始まりです。
1897年に中野に転営し、1907年に連隊に昇格して、千葉県千葉郡津田沼町(習志野市)に転営されました。
1908年6月に第2連隊が千葉(中央区椿森)に移り、11月には連隊本部・第1大隊も千葉にやってきます。この年、第三大隊が津田沼町谷津に新設されました。
1923年の関東大震災では鉄道復旧作業を担いました。
その後、連隊は第二十連隊にまで増え、中国華北部・華中部での鉄道の運営や占領に従事するようになります。
太平洋戦争中(1943年11月)にはインドシナ方面に転用されます。
鉄道連隊は、国内各地でも訓練を兼ねて鉄道建設を請け負っており、千葉県営鉄道野田線(東武野田線)、千葉県営鉄道多古線(成田鉄道多古線)、千葉県営鉄道八街線(成田鉄道八街線)、千葉県営鉄道久留里線(久留里線)、千葉県営大原大多喜人車軌道(夷隅軌道)、北総鉄道野田線(東武野田線)、川越電気鉄道(西武大宮線)、西武鉄道の初代村山線(西武新宿線の高田馬場~東村山)、富士身延鉄道(身延線)、小湊鉄道線などの敷設作業を担いました。
千葉県内には鉄道連隊の演習用路線が多く、戦後は一部が新京成線に転用されました。
管理人のコメント
当時は鉄道を敷設することが軍隊の演習だったのですね・・・。
みんなの声みなさんの思い出・感想などをお聞かせください。
投稿者
投稿をお待ちしております。
投稿日 2017/〇/〇
あなたの投稿文が掲載されます(公共性を欠く内容、日本語以外のものは掲載できません)。